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大阪高等裁判所 昭和61年(ネ)1420号 判決 1989年7月07日

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

二  被控訴人は控訴人に対し、金六九七万七九七九円及び内金六三七万七九七九円に対する昭和五五年九月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

三  控訴人のその余の請求を棄却する。

四  訴訟費用は第一、二審を通じてこれを四分し、その一を被控訴人の、その余を控訴人の各負担とする。

五  この判決は、第二項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は控訴人に対し、金三四一五万一三三〇円及び内金三二一五万一三三〇円に対する昭和五五年九月二一日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  第2、3項につき、仮執行の宣言。

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  当事者の主張

当事者双方の主張は、次のとおり訂正、附加するほか、原判決事実摘示中、被控訴人関係部分に記載のとおりであるから、これを引用する。

一  原判決の補正

原判決四枚目表九行目の「いわゆる法定外公共物としてこれらを」を「、然らずとするも、その事実上の管理者たる地位において、これらいわゆる法定外公共物を」と訂正する。

二  控訴人の当審附加主張

1  亡秀和の転落箇所について

控訴人は、従前、亡秀和は本件事故現場の開渠部分に設けられた防護柵の欠損部分から転落したと主張してきたが、これを詳述すれば、次のとおりである。すなわち、亡秀和は失くした野球のボールを探すため、もしくは右現場西側にある水門に興味を覚えたため、右開渠部の南側ないし東側の柵の倒壊、欠損した箇所から柵内に入り、何らかの原因でバランスを失ない用水路に転落した。仮にそうでないとしても、亡秀和は北側擁壁の東端部分の元々柵の設置されていなかった箇所から北側の擁壁部分に入り、右擁壁上から用水路に転落した。なお、本件事故当時、右水門上部と水面との差は僅か数センチメートルしかなく、亡秀和が手を延ばせば容易に水面に手が届くというものであり、従って、ここから転落したとしても水死の可能性は極めて低いものであること及び亡秀和の遺体発見箇所が開渠部の中心附近であったこと等からすれば、亡秀和が、被控訴人が主張するように水門上から転落したことは考え難い。

2  本件構造物の瑕疵について

既述のとおり、本件水路は一旦転落したら成人でも自力で這い上がることが困難な構造になっている上、本件道路は児童等の通学路となっていたこと等を考慮すると、右のような転落の危険を防止するには、本件水路の開渠部分をすべて暗渠化すべきことが最善の策であることは明白であり、仮に水量調節のため水門の設置が必要であり、そのために開渠部分の存在が不可欠であるとしても水門附近だけを最小限開渠として、周辺に学童等の侵入を防止するに足りる十分な高さの柵を設置し、または開渠部の上を鋼鉄製のネットで覆う等の設備をなし、あるいは現況の開渠状態を前提にするならば、開渠部分の周囲すべてに学童等の進入を防ぐに足りる高さ一・五メートル程度の柵を設置すべきであった。

にも拘らず、本件事故当時、本件水路は、その北側の擁壁上には当初より防護柵は設置されておらず、南側も水門より約一メートルの程度の長さで、しかも高さ八〇センチメートルの柵があったに過ぎず、他は欠損あるいは倒壊の状態のまま放置されていたものであるから、被控訴人においては、本件道路及び本件水路の設置、管理に瑕疵があったものというべく、これに基づく本件事故につき、その責任を負うべきものであることは明らかである。

三  被控訴人の当審附加主張

右控訴人の当審附加主張はすべて争う。

第三  証拠<省略>

理由

一  請求原因事実中、控訴人の子亡秀和がその主張の日時頃本件水路に転落して死亡したこと、本件水路の幅と深さが控訴人主張のとおりであること、被控訴人が本件道路のうち前記暗渠上を南北に走る市道部分を管理していること、本件事故現場附近に住宅地として開発が進行している地域が存在すること、里道が児童の通学路となっていて市民にも利用されていること、本件水路の一部が暗渠となっていて通行の用に供されていること、本件水路の防護柵の一部が事故当時壊れていたことは、いずれも当事者間に争いがない。

二  右争いのない事実に、<証拠>並びに弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実を認めることができ、他に右認定を覆えすに足りる証拠はない。

1  亡秀和(当時一〇歳)は、昭和五五年九月二一日、母親である控訴人に連れられて同女の婚約者であった泉南市新家二七八七番地一三の島津光義方に赴き、右光義の甥の島津一志(当時九歳)とボール遊びをしていた。ところが、同人がその親とともに帰途に就いた同日午後四時三分前頃に至り、亡秀和は、控訴人に「ボールを下(西)の方に捜しに行く。」と告げて右光義方を出たまま行方不明となった。

なお、当時控訴人と亡秀和は、堺市内に居住していて、光義方附近の地理には不案内であった。

2  控訴人は、同日午後五時過ぎ頃、亡秀和の姿が見当らないのに気附き、光義や新家いずみ台住宅の住民、泉南警察署等の協力を得て探索に努めたところ、同日午後七時五分、竹竿で本件水路の開渠部を探っていた協力者によって亡秀和の遺体が発見され(別紙図面(二)の×印で表示された地点。)、別紙図面(三)のロ、ハ間(以下、同図面の番号を付して図面(一)などという。)から引上げられた。そして担当医師による死体検案の結果、死因は溺死、死亡推定時間は同日午後四時四〇分頃であることが判明した。なお、当時右水路の開渠部において、亡秀和の探し求めた野球のボールは発見されなかった。

3  右遺体の発見された本件事故現場の状況、これと光義方との位置距離関係及び三輪卓二方附近における本件水路の開渠、暗渠の状況並びに附近の状況は、別紙図面(一)ないし(三)に表示するとおりであって、同図面(一)の東側には新家いずみ台住宅(事故当時約一八〇戸)が、さらに北東には新家グリーンタウン住宅団地(同約三七〇戸)があり、光義方は、本件事故現場から東方約一八三メートルの右いずみ台住宅内にあって、その西方の三輪卓二方まではかなりの勾配をもった下り坂となっていた。

4  泉南市新家一六六二番地先の里道(以下、「本件里道」という。)は、いわゆる法定外公共物に該当するところ、被控訴人においては、格別これについての管理に関する条例等は定めていなかった。ところで、従前右里道は、車の通行もできないような狭小なものであって、本件事故現場東側の暗渠部分を越えた本件水路の南側において市道野口高野線(以下、「本件市道」という。)とT字型に交叉していたが、その道路は未だ計画中のため右交点で行き止まりの状態になっていた。ところが、昭和四九年頃、分離前の相被控訴人幸和不動産株式会社(以下、「幸和不動産」という。)において、前示新家いずみ台住宅及び新家グリーンタウン住宅団地の開発分譲を計画し、被控訴人に対し、これに伴う許認可申請に関し、大阪府知事に対する速やかな進達を願っていた折柄、被控訴人は右市道の南端から東に曲がる道路を取り付けるとともに、西に曲がる形となっていた本件里道を拡幅し、さらにその延長線上の新家川に架橋して本件事故現場附近の道路網を整備し、前示本件市道が市道としての効用を発揮できるよう計画し、その旨幸和不動産に協力方を要請し、幸和不動産もこれを承諾した。そこで、幸和不動産は地元の業者である株式会社八尾組(以下、「八尾組」という。)に対し、右工事の発注をすることとなったが、事実は、被控訴人において右工事計画の立案をなし、八尾組が被控訴人との協議に基づいて右工事を遂行するというもので、幸和不動産は直接これら工事には関与せず、単にその資金を提供するというに過ぎなかった。その結果、本件水路についての改修整備もなされ、図面(三)のチ、ロ、ハ、ニ、ホを順次結んだ部分には、図面(二)のような鉄柵も設置された。このようにして、同年五月一八日には、被控訴人、幸和不動産、八尾組の関係者等が立ち会って竣工検査がなされ、被控訴人においてその引き渡しを受けた。

なお、右工事後の本件里道は、幅員が約三・五メートルとなり、本件事故現場附近において本件水路の暗渠上を南北に走る本件市道と交差し、いずみ台住宅等と本件事故現場の西方約一五〇メートルに位置する新家小学校、新家保育園とを結ぶ通学、通園路として数多くの学童等によって利用され、かつ、附近住民の交通路ともなっていた。

5  また、前示工事後の本件水路は、本件里道の北側に接し、これと並行して流れる水路幅約二・七メートル、路面から水底までの深さ約二・二八メートルの用排水路となり、その水流は約七六メートル東側の用水路から暗渠部を通って西に流れ、亡秀和の遺体発見箇所(本件里道北側から北へ約一メートル、暗渠の西側から西へ約二メートルの地点)の手前で開渠となるが、同所の西約一・六メートルの地点に右水路を遮る高さ約一・六五メートルの水門があるという状況であった。なお、本件事故当時、右水門は閉じられていたため水流はほとんどなく、かつ同部分の水深は約一・六メートルであった。

そして、亡秀和の遺体の発見された本件水路の開渠部分は、当時水流がほとんどなかったのであるから、同人の転落場所(以下、「本件転落場所」という。)と目すべきところ、同所は、南、北が垂直になっているコンクリートの擁壁、東側はコンクリートの暗渠部の西端、西側は水門に画された台形の用水池の状態を呈しており、これらの状況からして、亡秀和(当時身長一三三センチメートル)のような児童が一旦転落すると、ここから這い上がることはほとんど不可能であり、大人でも極めて困難な状態であった。

6  本件転落場所附近においては、前示のとおり本件里道及び水路等の工事をした際、図面(三)記載のチ、ロ、ハ、ニ、ホ間に、図面(二)に表示する鉄柵が設けられたが、本件事故当時は、図面(三)記載のチ、ロ間及びニ、ホ間に右鉄柵が残っていたものの、ニ、ホ間のものは倒された状態になっており、他方、ロ、ハ、ニ間はこれが壊れて存在しなかった。また、ホ、ヘ間及び本件転落場所の北側のコンクリート擁壁上には当初からこのような鉄柵は設けられておらず、従って、ホ、ヘ間から北側コンクリート擁壁上に達することは可能であった。

そのため、当時いずみ台住宅の自治会長で新家小学生の父兄であった平田政美は、その通学路に本件水路があるため、危険を感じ、子供達に対してその附近では遊ばないようにと注意を与える一方、その安全対策について被控訴人に陳情しようとしていた。また、被控訴人の市会議員和気豊も新家小学校のPTAの役員等から本件水路の危険性が指摘され、その対策についての陳情を受けたため、昭和五五年七月二〇日過ぎ頃、被控訴人の教育委員会や所管の産業経済課等に善処方申し入れていたが、被控訴人においては何らの対策も講じないでいたものである。

以上の事実を認めることができる。

三  亡秀和の転落個所

以上の認定事実に基づいて、亡秀和の転落個所について検討する。

亡秀和は、「ボールを下の方に捜しに行く」といって光義方を出たのであるが、右光義方から本件事故現場まではほぼ一直線に見通せる状況にあり、右光義方から右現場に向けて約九〇メートルの距離にある旧三輪卓二方附近まではかなりの勾配をもった下り坂であったから、右光義方附近の坂道を転がり落ちた野球のボールは、右三輪方附近の開渠部から暗渠を流れ下ったものと考えて、これを探しながら、本件事故現場に至ったものと認めるのが相当である。そして、亡秀和は、本件事故現場である水路開渠部に右のボールが見当らなかったので、さらにその上流の暗渠部分を覗き見をしようとして、図面(三)の(ロ)、(ハ)、(ニ)間の鉄柵が破損により存在しなかった部分、もしくは、ヘ、ホ間から北側の擁壁上に至り、そのいずれかの箇所からバランスを失して右水路の開渠部へ転落したものと推認されるが、就中、亡秀和は右ボールが右開渠部に見当らなかったことから、その上流の暗渠部を確めようとすることは容易に首肯し得るところであり、当時本件水路の水の流れは殆んどなかったこと及び、亡秀和の遺体の発見場所並びに遺体の引上地点などを考慮するとき、亡秀和は、図面(三)に表示するロ、ハの部分から転落した可能性が最も大きいものと考えられる(このほか、亡秀和が右開渠部北側の擁壁を伝わって水門の方に行き、暗渠部を覗き見しようとして転落した可能性も考えられないではないが、本件事故現場の状況からみて、亡秀和がこのような行動をとるについての合理的な理由は見い出し難く、また、そのように推認するに足りる証拠はない。)。

四  被控訴人の責任

亡秀和は、本件水路のうち前示開渠部分に転落して死亡したのであるから、その転落個所が右のいずれであったにせよ、被控訴人が、本件各道路及び本件水路の設置管理について瑕疵が存するなら、右事故によって生じた損害につき賠償の責任を免れないので、以下この点について検討する。

(一)  被控訴人が本件道路のうち水路暗渠上を南北に走る市道部分を管理していることは、前叙のとおりであって、八尾組が工事をした本件事故現場周辺の本件水路及び本件里道は、いずれも被控訴人自身が設置したというべきであり、少なくとも、右引渡後は、事実上、これらを一体として管理すべき地位に立ったものというべきであることは、前示認定事実に徴して明らかである。また、本件水路の管理に関しては、泉南市普通河川等管理条例(甲第八号証)によって普通河川等としてその管理の対象としているものであるから、本件水路の設置または管理に瑕疵がある場合には被控訴人において、その責任を負うこともまた明らかである。

(二)  ところで、国家賠償法二条一項にいう営造物の設置または管理の瑕疵とは、当該営造物が通常有すべき安全性を欠いていることをいうと解されているところ(最判昭和四五年八月二〇日民集二四巻九号一二六八頁)、これを本件についてみるに、本件水路に接する本件道路は広く近隣の住民による利用がなされていたのであり、従って、これら利用者、特に通学路に使用する学童等が好奇心から本件水路に近附く可能性は極めて高く、他方、本件事故現場は、一旦転落すれば、水深、周囲の擁壁等の状況から、大人においても這い上がることが困難であって、殊に学童においては死に至る危険性の高いものであったのであるから、これら道路及び水路の管理者たる被控訴人としては、先ず防護柵を十全にする等して、右利用者等が右の箇所に近附くことを防止する設備をする等し、もって本件の如き事故の発生を未然に防止すべき義務があったものというべきである。然るに、被控訴人は、本件転落場所の北側擁壁に至る部分については全くかかる措置を講ぜず、また本件道路上の人が通行する部分に、その措置として設置されていた鉄柵についても、これが一部欠損し、これについて住民等からその危険性を指摘されていたにも拘らず、漫然これを放置していたものであり、その結果、亡秀和がこれら防護措置のなされていなかったか、若しくは右欠損した部分から本件水路の開渠部分に立入り、同所から転落して死亡したというのであるから、被控訴人においては、公の営造物たる本件各道路及び水路の設置又は管理に瑕疵があったものというべきであり、国家賠償法二条一項の規定に基づき、右秀和の死亡に伴う損害につき賠償の責に任ずべきものである。

五  そこで、損害について検討する。

1  これまでに認定した事実に、原審における控訴人本人尋問の結果並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

(一)  亡秀和は、死亡当時一〇歳の健康な男子であったところ、本件全証拠によるも、同人が控訴人主張のように大学進学が確実視されていたとの事実を認めることはできないものではあるが、少なくとも高校卒業後一八歳で就労し、六七歳までの四九年間は稼動しえたものと推認される。そして、右期間中、亡秀和は、毎年平均一四九万〇七〇〇円の収入を得ることができるから(賃金センサス昭和五五年度第一巻第一表産業計、企業規模計、男子労働者学歴計・旧中、新高卒一八歳から一九歳による。そしてこれによれば、11万6400円×12+9万3900円=149万0700円となる。)これを基礎として同期間を通じての控除すべき生活費を五割とし、中間利息の控除につきホフマン式計算法を用いて、死亡時における亡秀和の逸失利益の現価額を計算すると、左記のとおり一四九一万一九一九円となる。

149万0700×(1-0.5)×20.0066=1491万1919円

控訴人は、亡秀和の死亡により、同人の母として右逸失利益を相続した。

(二)  慰藉料

亡秀和の死亡により、控訴人がその母として受けた精神的苦痛については、察するに余りがあり、これを慰藉するには、控訴人が主張するように一〇〇〇万円を下ることはないから、これをもって右慰藉料額と認めるのが相当である。

(三)  葬儀費用

亡秀和の葬儀は控訴人によって行なわれたことが推認されるところ、当時亡秀和が年少者であったことをも考慮すると、通常これに要すべき費用としては、六〇万円をもって相当とする。

2  ところで、これまでに認定した事実及び原審における控訴人本人尋問の結果によれば、亡秀和は、当時一〇歳の健康な男児で、その性格は温和で慎重であったこと、そして、本件事故当日はたまたま母親たる控訴人に連れられて、事故現場の東方約一八三メートルに位置する光義方を訪ずれていたものであるが、本件事故現場周辺の状況については全く不案内であったこと、他方、本件転落場所については、従前設置されていた鉄柵が一部撤去され、或いは倒壊している部分もあったが、もとよりこれらは被控訴人の行為によるものではない上、一部は存在していたことも認められるのであって、この状況並びに本件転落場所の構造やその水深などをも考慮すると、亡秀和の年齢、性格からするならば、右転落場所が一見して危険なものであることは容易に認識し得た筈であり、またその危険を避けることが期待されるのであるにも拘らず、亡秀和は、敢えてかかる危険な場所に接近し、本件事故に至ったというのであるから、右事故については亡秀和にも相当程度の過失があったものといわざるをえない。

翻って、控訴人に関しても、前認定の事実によれば、亡秀和は、光義方を離れるに際し、「ボールを下の方に捜しに行く。」と言って出たということであるから、これによれば、控訴人においても右光義から西の方向にかけては下り坂となっていて、一旦ボールが同所から転がれば、相当程度遠方にまで達することが推認できるはずであり、他方、土地不案内の亡秀和が、冒険心や好奇心から、或いは不注意により安易に危険な場所に近附くことは予想されないことではないから、亡秀和がボールを捜しに行くに際しては、これに同伴するとか、危険な場所には近附かないよう厳重に注意するなどの措置が採られて然るべきであったとも考えられるが、このような措置をとった事実を認めるに足りる証拠はなく、その結果右のような場所に亡秀和を一人放置せしめることとなり、本件事故を招来せしめるに至ったものであるから、この点において、控訴人の親権者としての監督責任も考慮せざるを得ないところである。

よって、本件における損害賠償額の算定に当っては、これら控訴人側の過失をも斟酌すべきであり、本件に顕れた一切の事実関係を考慮すると、その過失割合は控訴人側が四分の三、被控訴人が四分の一と認めるのが相当である。

そして、右割合によって過失相殺をすると、控訴人の損害のうち、被控訴人において賠償すべき金額は、前示1の(一)ないし(三)の合計金二五五一万一九一九円の四分の一に相当する六三七万七九七九円(円未満切捨)となる。

3  さらに、控訴人が本件訴訟代理人に本訴の追行を委任したことは弁論の全趣旨により明らかであるところ、本件事案の難易、審理経過、本訴認容額等に鑑み、控訴人が被控訴人に対して請求しうべき右弁護士費用の額は六〇万円と認めるのが相当である。

六  以上の次第であるから、控訴人の被控訴人に対する本訴請求は、右五の2及び3の合計金六九七万七九七九円及びうち右3の弁護士費用を除いた六三七万七九七九円に対する本件事故発生の日たる昭和五五年九月二一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却すべきである。

よって、これと結論を異にし、控訴人の請求をすべて棄却した原判決は、右限度で不当であるから、これをそのように変更し、訴訟費用の負担について民事訴訟法九六条、九二条、八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 長久保武 裁判官 諸富吉嗣 裁判官 梅津和宏)

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